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Qiitaへの投稿はプログラミングの勉強に良い

最近、Qiitaへの投稿にはまってます。
Qiitaはプログラミング知識の共有サービスです。

・プログラミングノウハウのまとめ
・「人工知能を試してみた」など、最新技術を使った体験談
・新しいアプリやWEBサービスを作った話
・英語ドキュメントの翻訳
・スキルアップ法や転職の仕方

など、豊富なコンテンツがあります。
面白い記事も多いので、仕事で必要なことを調べているつもりが、ついつい余計な記事も見てしまいます。

最近面白かったのは↓の記事です。
「赤の他人」の対義語は「白い恋人」 これを自動生成したい物語
わたしからの贈りもの 〜 じょうずなしごとのさぼりかた
モンティ・ホール問題を機械学習(強化学習)で解く

僕が投稿した記事は↓です。
過去に投稿した記事

・SQLで取得したデータを、プログラムで使えるように加工
・PyQt5のQTableWidgetへDBから出力 + csvへ保存
・PyQt5で、画面Aから画面Bを複数出力する
・PyQtインストールしたけど使い方がわからなかった話


普段は見るほうがメインですが、記事を書いてみんなに称賛されたいという不純な動機にそそのかされ、ついつい4つ投稿しました。
投稿するのには手間がかかりますが、書くメリットはすさまじいです。

1:自分が何に躓いたか整理できる

Qiitaに投稿する記事には、新規性が必要です。
一番簡単なのは、ネットで調べてもわからなかったことについて書くことでしょう。

「わからなかったけど、何度かプログラムを書き換えているうちに偶然上手くいった!」
というのはプログラミングによくあることですが、偶然上手くいったことなんて、二度目には必ず失敗します。
そこでQiitaへの投稿です。

「何をしようとしたか」「何に躓いたのか」「どうやって解決したか」を、わかりやすく書くことで、わからなかったことを可視化出来ます。
また、抽象化することで、他にも応用できる知見が生まれることもあります。
せっかく躓いたのだから、ただで起き上がらず、今後の糧を手に入れたいですね。

2:自分がどんなスキルを身に着けたかがわかる

一日の終わりに「今日、自分は何を得たのだろうか」と思うことはありませんか?
そんな時は「Qiitaに投稿できることはなかったか」と考えるのがおすすめです。

勉強に費やしたのなら「効率を上げるために何をしたか」「理解するためにどんな工夫をしたか」。
理解するための工夫には、需要が多いです。本に載ってることをわかりやすく置き換えるだけでも貴重です。


これからも、勉強のために投稿していきたいです。100いいね目指してがんばります。
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Summer Pockets感想(ネタバレあり)

麻枝准が帰ってきた……と思ったけど原案のみ。
さぁ、どうなる?

総評 81点

Rewriteは世界観を重視しすぎて感動が疎かだったし、AngelBeatsとCharlotteは尺が足りなさすぎて感情移入する前に終わりました。

今回こそは……と思ったんですが、今回も世界観重視に行き過ぎた感があります。
しろはの「不幸な未来が見えてしまう呪い」を軸に、七影蝶や遊び尽くせない夏を混ぜていましたが、その結びつきがどうも説明くさい。
理屈じゃなくて、感情でわかるようにしてくれないと、泣けないですよね。

ただ、それ以外の点は非常に良かったです。特にミニゲーム。
良作です。
では、シナリオを個別に見ていきます。


しろは 82点

メインヒロイン。
羽依里が水泳をやめた理由が明かされます。
もう一度水泳をやる理由と、しろはを助ける理由が重なる所がいい。
ALKAへの伏線の張りすぎで消化不良な感もありますが、いい話です。

灯籠のCGがあまり綺麗じゃなかったので-3点です。物語のキーになるイベントなんで、もうちょっと頑張ってほしかった。七影蝶は綺麗なのにね。


蒼 81点

物語の鍵を握る七影蝶が出てくる。
シリアス展開にちょくちょく下ネタが入ってくるのがいただけない。

絵に違和感があるのが気になる。集合写真でも、この子だけ浮いてる気がする。
ま、そのうち慣れるでしょう。リトバスの鈴も違和感ありましたが、今では立派なkeyの看板ですし。


鴎 94点

冒険のワクワク感。鴎が消えてからの感動ラッシュで、大団円につなげる。これぞkeyだと思います。
10年前の鴎の返事を、羽依里が叶えてあげるとこが特に良いです。
鴎が消えてしまって、全てが夢だったんじゃないかと途方にくれる状況でも諦めず、鴎の思いを紡いでゆく姿が素敵でした。


紬 70点

ツムギが出てきたとこまでは良かったんですね。
蒼シナリオの七影蝶が持ってた記憶の一つであることが明かされ、物語が一気に深みを増しました。

ただ、その後がひどい。
ツムギのことを覚えておくために、紬と最高に楽しい夏休みをすごすってのがよくわからない。みんなが協力してくれる理由もしっくりこない。
あと、おっぱいおっぱい煩いのも気になる。はつゆきさくらの街角おっぱい祭りか?

紬の夏休みは良かった。♪むぎゅぎゅぎゅぎゅ~


ALKA 100点

BGMの「Sea,Your Memory」がシナリオにとても合っている。原曲の「Sea,You & Me」の夏の広がりに加えて、ピアノの音が夏の終わりを告げているようで、泣けます。本ゲームで一番良い曲だと思います。

シナリオも素晴らしい。家族で楽しく過ごすって、なんでこんなにいいんだろう。


Pocket 51点

うーん……なんだこの圧倒的欠乏感は。
麻枝さんが魁先生に「もうちょっと頑張って」と、追加を要請したそうですが、もっとキツく言って欲しかったな。

七海がしろはに、楽しかった思い出を渡して消えるシーン。
直観的に理解できなくて、シナリオの流れを考えた後「……ああ、そういうことか」と、時間差で腑に落ちるのが良くない。

最後の鏡子さんの台詞も同じく。考えさせるシーンも大事だけど、初見でプレイしてる時は「シナリオを進める手・笑い・涙」が止まらないことの方が大事だと思うんだよな。

Pocketがよくなかったのは、時系列の問題だと思う。
本作では、うみ視点で時系列が作られている。
うみが満足するまで、何度も夏休みを繰り返す。満足しきった後、しろはへ夏休みの思い出を渡し、しろはの呪いを解く。呪いが解けたしろは、羽依里と出会うきっかけをなくし、羽依里は蔵の整理をしただけで実家へ帰る。

順番としてはわかりやすいし、筋も通っているが、満足する夏休みを過ごした後の展開が尻すぼみになってしまっている。
ハリウッド映画並の構成で、なんとか盛り上がる部分を最後にもってこれたら90点を付けたと思う。

大学の寮生活

行きたい大学(又は偏差値が低い大学)が実家近くにない場合、一人暮らしをすることになる。

一人暮らしには、寮とアパートとダンボールの3通りがある。
筆者は寮に住んでいたので、ここでは寮生活について話そう。

寮というのは、大学の近くにある学生収容所のことである。もし学生以外の人間が入っていたら、刑務所と呼ばれていただろう。それほどの朽ち具合だ。
見た目は、劇的ビフォアアフターのビフォアのようで「これから綺麗になりそうだ」という期待を抱かせてくれる。
しかし匠は現れない。変わりに「もうそろそろ改築します」と巧みに説得させられる。

部屋は、玄関と3畳の畳程度の広さである。
この狭いスペース(宇宙のことではない)に、なんと2人で住むのだ。実に狭い。
足の踏み場として使えるのは、ベッドの上か机の上くらいなもんだ。
もし彼女を呼んだら、ごく自然にベッドに誘えるというメリットもあるが、残念ながら筆者にはその機会はなかった。

一緒に住む人のことを相方という。
相方と仲良くやっていくには、特に干渉しないことである。
「教科書を貸してほしい」「弁当を買ってきてほしい」「彼女が来るから外へ行ってて欲しい」「彼女と変わって欲しい」と言われたら、何も考えずに従うのがコツだ。
これは、将来結婚する際の予行演習にもなる。

食事は、事務室であらかじめ1か月分の食券を買い、食堂へ行く。
食堂は、事務室から玄関をはさんだ向かい側にある。
朝はご飯、味噌汁(具はほとんどない)、納豆or玉子焼きである。
残念ながら、他に選択肢はない。飽きた場合は、納豆にソースをかけたり、味噌汁にマヨネーズを入れたりするしかない。特に、自分が食べない場合は積極的に試すといい。
もし「パンが食べたい」と思うのなら、寮生活を諦めるか、イエス・キリストを拝んでパンを恵んでもらうしかない。

夜ご飯はなんと、7時までに食べないといけない。それ以降は食堂が閉まってしまう。
ただ、サークル活動の前にご飯を食べることになるので、活動後の飲み会を断る口実にはなる。

寮生活で大きな問題なのは3つだ。騒音と衛生である。
あと一つは、問題が多すぎてここでは紹介しきれないことである。

騒音は、夜遅くまで誰かの部屋に集まって議論することで生じる。
最近の議題は「喰いタンや役牌のみはありか」だ。

衛生問題は、掃除を2週間に一度しかしないことで生じる。
なぜ2週間に一度かというと、2週間が限度だからである。

以上が寮生活の全貌である。あまり居心地は良くないが、一つだけいい点がある。
大学に行きたくなることだ。

孤独のグルメ名言の分類

「時間や社会にとらわれず、幸福に空腹を満たすとき、束の間、彼は自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を使わずにものを食べるという孤高の行為。
この行為こそが、現代人に平等に与えられた、最高の癒やしといえるのである」

大人気ドラマ、孤独のグルメ。
冒頭のナレーションにあるように、主人公の井之頭五郎は、腹が減ったら仕事中だろうと店を探し、自分の腹の欲しがるものを、一人で気の向くまま食べます。
そんな自由かつ正直な生き方に、共感する人、憧れる人も多いのではないでしょうか。

本記事では、孤独のグルメになりきる方法を考えてみました。
コツは、状況別に考えること。彼がどんな時に、どう考えているかを意識することです。

店選び編


店選びでは、昔ながらのお店を探します。

「俺の経験が正しければ、昔ながらの店を探したければ、川の側を攻めろ」
「目黒銀座も良さそうだが、こっちの脇道が匂うぞ」
「裏路地に飲み屋街が並んでいる。こういう、昔ながらの風景っていいよな」
「いいなあ。個人の店が多い商店街って。この雑多な雰囲気に紛れて歩くだけで、俺は楽しいんだ」
「通りがバイキング状態だ」
「来やすい本場っぽさだ」
「贅沢だが、落ち着く雰囲気。独特の活気がある」


もちろん、自分の腹に聞くのも忘れてはいけません。

「どこもかしこも美味そうに思える。でも、ここで焦りは禁物だ」
「焦るんじゃない。俺は腹が減っているだけなんだ」
「俺の腹は今、何腹なんだ?」
「俺の胃袋は今、何を食いたいんだろう?」
「今の俺が入れるべき食い物はなんなんだ?」
「頭の中が完全に中国だ。広東、上海、北京、四川。俺の腹は、中国のどこに行きたいんだ?」


どうしても迷った時に、ダメ押し。
辛い時にも勇気をくれる一言。

「飯屋との出会いも一期一会。これも宿命かもしれん」
「失敗したら後悔したらいい」
「ここでいい。いや、ここがいい。いいに違いない」



メニュー選び


セオリー、オススメにのっかる。
迷ったら、全部です。

「こういうとこのナポリタンって、いいんだよ」
「やっぱり、広島のお好み焼きといえば、麺が入るよな」
「この店は、アグー豚ってのがおすすめのようだ。幻の豚か。
ラフティーと思っていたが、ここは流れにのってみるか」
「どう攻める? いや、悩んでる場合じゃない」
「迷ったら、両方頼めばいいじゃないか」
「迷った時は、一番上だ」



食べた感想


☆定跡

「上がヒレ、下がチキン。2階建てだ。2階建てには、ソースだ」
「ご飯ものから入るのが定跡だが、この湯気、たまらん」
「にんにくを投入をして変化をつけ、心を落ち着かせ、自分のペースを取り戻すんだ」
「この味この味。お好み焼きはこうでなくっちゃ」



☆新しい美味しさ

「うまい。ほんとうに旨い。焼き鳥って、こんなにうまいものだっけ」
「辛い?! いや、甘い。あまからだ」
「ネギだけじゃない、キャベツも甘い」



☆組み合わせを褒める

「煮魚ってのは、なんでこんなにおかずに合うんだろう」
「こういういぶし銀のおかずがよく働くんだ」
「この親子丼、おかずにもなりそう」
「うん、これもありだ。大あり、オオアリクイだ」
「このタレいいなあ、食欲がモリモリ湧いてくる。やっぱり焼き肉には白いご飯だ」
「カキバター。海のミルクとバターが合わないわけがない」
「ご飯と肉の間に少しキャベツが入ってるのがうれしい。こういうセンスが、小洒落たレストランじゃ望めないんだよ」
「ピーマンに紅生姜。どこまでも気がきいている。これほどガツガツが似合う丼ないぞ」
「胃袋に新しい歴史が刻まれたようだ。鯖サンド革命」



☆これが食べたかった

「これこれっ。懐かしい味だ。ときどき無性に食べたくなる、ケチャップ味だ」
「ケチャップ、ソース、マヨネーズ。そこに味噌汁。これでいいんだよ。俺には、こんなランチがお似合いなんだ」
「辛い。でもなんだか、箸が全然とまらないぞ。今日の俺は四川の辛さを求めていたんだ」
「ウインナーをフライにした、そのまんまの味。でもこういうの、なかなか食べられないんだ。望んでも。この普通味がいいんだ」



☆いいぞいいぞ!

「いいぞいいぞ。丸い餃子、いい」
「いいぞ。にんにくいいぞ。白いご飯にあいすぎる」
「いいぞいいぞ。この店にして、大正解だ」
「いいぞいいぞ。鉄板焼きって、なんていうか、ライブ感あるんだよな」
「ようし、こうなったら、ひとり沖縄祭りだ」
「まるで俺の体は製鉄所。胃はその溶鉱炉のようだ。うぉぉぉん!! 俺はまるで、人間火力発電所だ」


自分だけが楽しいエア読書会

エア読書会は素晴らしい!!


最近、エア読書会なるものを始めました。

まぁ、ぶっちゃけると一人で感想をダラダラ書くだけなんですけど。
結果はこんな感じです↓↓↓

【第1回】自分だけが楽しいエア読書会(課題図書:謎とき村上春樹/石原千秋)
【第2回】自分だけが楽しいエア読書会(課題図書:乙女の密告/赤染晶子)
【第3回】自分だけが楽しいエア読書会(課題図書:博士の愛した数式/小川洋子)
【第4回】自分だけが楽しいエア読書会(課題図書:ティファニーで朝食を/トルーマン・カポーティ)


第3回では、なんと編集部イチオシに選ばれました。 ハラショー!
この企画、面白い上にいいことがたくさんあります。

頭の中の整理ができる


この読書会のメリットは、頭の中の整理です。
普段は読書メーターに250字程度の感想を書くのですが、難しい本だとまとめるのが難しいです。
書きたいことがいくつもある上、どれも大事だから省けず、まとまらないのです。

ところが、字数制限なしで書くと、ダラダラとした感想がまとまってくるんですよね。
例えるなら、いろいろな道を歩いてる内に、最短ルートを見つけるような感じでしょうか。、

特に効果があったのが第2回の乙女の密告です。
この本には難解な文章が多く、感想を書くのが難しかったです。

本書は、ホロコーストを避けるために隠れ家で過ごした日々を綴った『アンネの日記』を元にした作品です。みか子は外国語大学で、スピーチコンテストの課題であるアンネの日記の暗誦に取り組みますが、いつも同じ箇所でスピーチを忘れてしまいます。
みか子の記憶力に問題があるわけではなく(笑)、他の生徒たちもみな、同じ箇所で忘れてしまうのです。

一体なぜ忘れてしまうのか。読んだだけではピンと来ません。どこにも書いてないからです。
しかし、キーワードを拾い、そのキーワードの感想を書いている内に、答えに辿り着いたのです。
忘れたことを思い出すことと、歴史を学ぶことの関係に。

エア読書会でなければ、この答えには辿り着けなかったでしょう。効果絶大です。

読書会の型が使える


もう一つのメリットは、読書会の型が使えることです。読書会は主に

・主催者によるあらすじ紹介(話のテーマと解釈の共有、読んでない人でも参加できるようにする)
・各自感想発表
・疑問的の解消
・雑談

という流れで行われます。
つまり、この流れにそっていくだけで、感想を書いている気分に浸れるのです。
先の見えない作業において「自分は正しい流れに乗っているんだ」という感覚はとても大切です。

感想が苦手な方、このエア読書会形式も取り入れるのはいかがでしょう。

自分流の観光

 観光はとても面白いが、困ることだってある。

 それは、帰って家族に「その城はだれが作ったのか」「いつの時代にできたのか」と聞かれたときに答えられないことだ。
 不思議なことに、全然覚えていない。展示に一通り目を走らせても、頭が追いつかないのである。

 しかし、そんなことが何度かあってから、僕は腹を括った。
「どうせ覚えらないんなら、最初から見ない」ことにしたのだ。
 そんなわけで、僕は岡山城と後楽園の歴史を全く知らない。知りたければwikipediaでも見ればいいんだ。
 
 代わりに何を覚えたのかというと、建物の造りだ。
 僕は小説を書くのが好きで、特にモノの様子を文章で表現するのに興味がある。
 その過程は、まさに発見の連続だ。自分の感覚に合う言葉を見つける度に、感覚が実感に変わっていく。

 また、美しい説明文を覚えるのも好きだ。
 強い野球チームに名捕手が必ずいるように、美しいモノには必ず名文がある。
 ソシュールは「言葉があるからモノが存在できる」と言った。美しい言葉は、心に美しい風景を作る。

 観光地に行くと、様々な情報がおせっかいなおばちゃんみたいに蔓延っている。
 大事なのは、そんな情報に対して「結構です、お構いなく」と言う勇気だと思う。 
 本当に必要なものは、自分の中にあるのだから。

自分探しにおける物語の役割


 村上春樹講座にて。ノルウェイの森のテーマは「心と体の不一致」だそうだ。
 この小説には、心では愛しているけど体が反応せずに苦しみ、自殺する女性が描かれている。
 そこから想起したことを書きます。




★自分の物語と社会の物語の不一致

 大抵の悩みは何かと何かの不一致だ。
 雪がせつないのも、心ではいつまでも生きていたいのに体が消えてしまうからだろう。

 現代において最も深刻な不一致は「自分の物語と社会の物語の不一致」だ。
 例えば、他人のせいで自分が不幸になったという物語は、社会には否定される。

 ※注)
 物語とは「自分はこういう経験をしたからこういう人間になった」というフィクションのこと。
 「まっさらだった自分が、ある経験によって作り変えられた」と信じることだ。


★自分の物語と社会の物語を一致させる方法

 『1』一致する社会を作り出す

  ひきこもり 又は 自分探し。
  この行為の本質は、自己像を承認する社会を求めることだ。
  だから、知り合いがいない所へ行き、理想的な自己像ばかりを見せ、それを承認してもらおうとする。

 『2』自分の物語を社会に合わせる

  就活でやる自己分析。
  しかし、自分の物語をうまく合わせられない人はたくさんいる

 『3』合わせる必要なんてない

  合わせなくていいと思ってると、どんどんそういう人や情報が集まってくる。
  結果的に、自分と一致する社会ができあがる。


★自分のケースで考える

 僕自身は、引っ込み思案な性格を親のせいにしている。
 親はいつも僕に怒鳴ってばかりだった。
 僕が話をしようとすると、僕の言ってることが正しいのか一字一句確かめようとするかのような無邪気な目を向けてきた。
 僕は次第に、自分の本当の気持ちを隠すようになってしまった。

 そういう物語を他人に理解してもらうのは結構しんどいだろう。
 僕と全く同じ境遇の人に会っても難しいに違いない。
 おそらくそこでは、「どちらの傷がより深刻か」という、傷の測り合いがある。

 傷の深さは「自分の無垢性」と「他者の邪悪性」によって測られる。
 自分の無垢性は、幼い時に受けた傷や、自分に過失がない事故・災害の場合に保証される。
 しかし、人間は「無垢な人間が不幸になる」という事実には耐えられないので「本人に問題があったのでは?」と考えてしまうジレンマもある。

 社会に受け入れられる物語の数は徐々に増えている。
 同性愛の告白も「そういう人生もあるんだな」程度で認識してもらえる割合が高くなった。
 しかし、そうして物語が増えても、ひとつ問題が残される。


★本当にそれは「自分の」物語なのか

 僕は、性格を親のせいにしてる。
 それはあくまでも、そういう本(エニアグラム)を読んだからだ。
 読むまでは、自分に能力がないせいだと思っていた。
 当時流行っていた動物占いとか六星占術に感動していたら、僕はそっちを自分の物語にしていた。
 自分で選んだものが間違っていることはあり得る。


 「自分の物語と社会の物語が一致しない現代を生きる姿」を、新しい物語で捉え直した小説を書いたら、何か面白いものになりそうな気がする。

東京物語 感想

集団的自衛権の議論でときどき見かける『秋刀魚の味』を製作した小津安二郎監督。
その最人気作『東京物語』。

小津安二郎は独自の映像世界・映像美を持っている。
これは「小津調」と呼ばれる。
特徴としては以下のものが挙げられる。

・ロー・ポジションでとる
・カメラを固定してショット内の構図を変えない
・人物を相似形に画面内に配置する
・人物がカメラに向かってしゃべる
・クローズ・アップを用いず、きまったサイズのみでとる
・常に標準レンズを用いる
・ワイプなどの映画の技法的なものを排する
・日本の伝統的な生活様式へのこだわり
・反復の多い独特のセリフまわし
・同じ俳優・女優のキャスティング


僕が気に入ったのは太字のとこ。
このおかげで、なんというか落ち着く。
時間の流れがすごくゆっくりになる。

この映画は家族愛モノと聞いていたが、いきなり家族の仲が険悪になる。
幸一と志げは、わざわざやってきた両親(周吉、とみ)を放ったらかして仕事をする。
子どもたちも自分の部屋を寝床に使われて迷惑そうにしてる。
だからこそ母(とみ)の「勇ちゃんがお医者さんになる頃、おばあちゃん、おるかのう……」がぐっとくるんだけど。

幸一に代わって両親を東京案内するのはなんと、弟の嫁(紀子)である。
ようやく、家族っぽい和やかな雰囲気になる。
こういう、ほぼ他人みたいな人との家族関係が大事なんだろうな。
親子だと近すぎてギスギスする。
そういえば、サザエさんでも波平が怒鳴ってもマスオさんが出てくると収まる。
寅さんもそうだ。

幸一は、両親を箱根の旅館に行かせる。
ここでの両親の会話がいい。

「そろそろ帰ろうか」
「お父さん。もう帰りたいんじゃないですか?」
「お前がじゃろう。お前が帰りたいんじゃろう?」

小津の特徴である反復セリフ。
以心伝心な感じが伝わってくる名シーンだ。
他にもこういったシーンがある。

「お前はどう思う?」
「お父さんはどうです?」
「やっぱり子供のほうがええのう……」
「そうですなあ」

は、同調の仕方が上手い。

「ええ方じゃわい」
「ええ方ですとも」

お互いわかり合ってる相槌は気持ちいい。

そして、母(とみ)の死。
親族が葬儀に駆けつけるも、すぐに帰ってしまう。
その薄情さを嘆く。

「子供って大きくなると、だんだん親から離れていくものじゃないかしら。
 お姉様くらいになると、お姉様だけの生活があるのよ。
 誰だってみんな、自分の生活が一番大事になってくるのよ」
「私そんな風になりたくない。
 それじゃ親子なんて随分つまらない」
「そうねぇ。でも、皆そうなるんじゃないかしら」
「じゃ、お姉さんも?」
「ええ。なりたかないけど、やっぱりそうなっていくわよ」
「いやねぇ、世の中って」
「そう。嫌なことばっかり」


悲しい事実だが、視聴者は意外にもすんなりと受け入れられる
これが小津調の力。
カメラワークもさることながら、反復と同調が上手い。
まるで河合隼雄先生を見ているかのよう。

「私、狡いんです。
 いつもいつも昌二さん(亡くなった夫)のことばかり考えてるわけじゃないんです。
 この頃思い出さない日さえあって……忘れてる日が多いんです。
 私、いつまでもこのままじゃいられないような気もするんです。
 このまま一人でいたら、一体どうなるんだろうって、夜中にふと考えたりすることがあるんです。
 一日一日、何事もなく過ぎていくのが、とっても寂しいんです。
 どこか心の隅で、何かを待ってるんです。
 狡いんです」
「ええんじゃよ。やっぱりあんたはええ人じゃ。正直で」



家族との距離感ってのは難しい。
有事の時だけ近づいて、他の時は放っとくことが多い。
でもそれは寂しいことだ。
結局それは、大事にしてないということだからだ。

僕は、用がない時は家族とあまり喋らない。
以心伝心で何かが伝わった経験もない。
でも、それではいけないと思う。
僕は話をするとき、無意識に衝突を避けようとするが、きちんと正面から行くこともするべきだ。
そうしないと、本当の繋がりは得られない。

他にも、細かい点ですが、面白かったとこ

昔の観光バス、バスが動く度にみんな揺れる。ノリノリな観客みたいになってて面白い。
戦後の家はドアあけると「ジリリリリ」って音がするんだな
先生が童貞を殺す服着てる。
「墓に布団はきせられぬ」という言い回し。

「子供が思い通りに育たない」と不満を言ってるのに対し
「これは親の欲じゃ。欲張ったらキリがない」。
愛ではなく欲である、と。



ちなみに、僕がこの映画を見たのは、小津安二郎青春館に行ったからだ。
小津監督の青春時代の記録、面白かった。
小学校の勉強の記録見て、作文が名作小説並みの雰囲気出してて驚いた。
書き出しの
「よみやの日は空に天の川の光。金星、木星等きらめいていた」
が異彩を放っている。
神輿の掛け声を聞いて
「素戔嗚尊の御気の荒い事を感じた」
なんて見事な感受性だ。

寝坊を「眠棒」と書いて筆を入れられてるのも面白い。
確かに、棒みたいに眠ってるもんね。
神楽の声、赤ちょうちん、涼風の音づれを聞いて「良い夜だ」なんて思うのも、僕の子供の頃の感性とは対極だと思った。
「良い夜だ」は今では老人っぽい台詞だ。
当時の子供も、今の老人と同じ心持ちだったのかな?


もし自分が作家デビューしたら、自分のこれまでの人生を読者に提示することになるかもしれない。
ノーベル文学賞とって記念館できたら絶対にそうなる。
その時、今の自分の幼少期を出したらどう思われるのだろう。
ひきこもってゲームばっかの人生見て「だから想像力が豊かなのか」と思われるのか?

僕の過去の成績表を出して、国語と図工の低評価を見られたら「日本の教育は想像力を評価していない」とか言われるのだろうか?
タイトルと名前と先生のコメント「どうしたの?」しか書いてない感想文を展示してもそう思われるのかな。
もしそうなら、作家になりやすい人生なんてないのかもしれない。

どう評価されるかなんて、見せてみないと意外とわからないものだ。
たとえ予想通りだとしても、よく観察すると自分の予想とは違うことだってある。
そこから次の行動が生まれることもある。
やらない内から悩んだり、過去を振り返ったりしてもあまり意味はない。
できることからやろう。

そんなことを思った。

虚白ノ夢 感想(ネタバレ控えめ)

フリーゲーム、虚白ノ夢プレイしました。
プレー時間は3時間くらい。気にいった文章をメモったり、自分の人生について考えたりした分(?)長め。

ダウンロードはこちら

虚白の夢


碓氷深白は17回目の誕生日を迎えることなく身投げし、目が覚めると『鏡の世界』にいた。

『この世界に点在する、あなたの姿が映る鏡は、あなたの記憶を写す鏡。
 記憶を取り戻すこと、それは同時にあなたの望みを叶えること』

私の人生が初めから存在しなかったことにする」ために、彼女は自分の姿が映る鏡を見つけ、割っていくが……?


謎解きをしながら進めていくホラーゲームです。
ホラー要素が中々手が込んでて、かなり怖かったです。
急に襲ってくる敵とか、抜ける足場とか、飛び立つコウモリとかが怖かった。
特に怖いのはED5のいじめっ子達をメッタ刺しにするとこですね。
悲鳴を聞きながらZボタン押しまくり。手が震えました。

謎解き要素も、バリエーションに富んでて面白い。
破顔の晩餐会は特に良かった。無理して笑い続けるパーティー……怖すぎる。

このゲームの好きなとこは、鏡を見るうちに深白が死んだ理由や深白の生い立ちが徐々に明らかになるところです。
こんな救いようのない記憶ばかりが戻ってきて、どうやって幸せになったらいいのか。
なんとなく、自分の人生を重ねあわせて見てしまい『どうか幸せになって欲しい』と願いながらのプレイでした。
他にも2人、『鏡の世界』に迷い込んだ人がいるのですが、この2人とシナリオの絡み具合も最高でした。
この2人の協力でEDが変わっていくのも好きです。

シナリオが気になって進めたゲームなんて「FF6」以来ですね。
あれはほんとに世界が終わるんじゃないかと思い、眠れなかったのを覚えてます。

他に好きなのは、自殺シーンとか流血シーンの描写ですね。
大抵のゲームだと、こういうシーンが繰り返し出ると淡々としがちですが、このゲームはリアルに感じました。
多分、文章が巧みなおかげでしょう。
生々しい感覚が、スクリーン越しでも伝わってきます。

ホラー良し、謎解き良し、シナリオ良しの作品。
是非プレイして欲しいです。

少年Aの自伝出版について

自伝を書くとは何か


クローズアップ現代、少年Aの出版の是非についての特集を見る。
彼は、「自分の存在を確立したい」「自分のことをわかって欲しい」という理由で本を書いたそうです。

僕は、彼の出版の良し悪しについては言わないことにします。
変わりに「犯罪者が自伝を書く、多数の人が読む」ということが、本当に重要なのか考えてみる。
今回はゴーストライターが書いてる可能性は無視します。

自伝を書くとは「自分の人生を、他者に受け入れられる形に作り直すこと」である。
作り直すというのは、もちろん改ざんも含まれる。

僕は日記をつけているが、日記ではちょくちょく嘘を書く。
大したことをやってなくても、やっぱり書く以上は何かあったことにしないといけないからだ。
そう思って必死に思い出すと、自分が意外と面白いことをやっていたことに気づく。
たとえそれが嘘だったとしても、ほんとうにあったことのように思えてしまう。

例えば、ラーメンが自分の好みでなかった場合「店に入った時からそういう予感はあった」と嘘を書く。
不思議なもので、こう書くと「店員の態度の悪さ」とかが鮮明に思い出される。
(食べたときはそんなこと思ってないのに)

こういった改ざんは無意識に行われる。
そして、改ざんによって、自分一人でやった行為だとしても「社会と繋がっている」という感覚が得られる。
なぜなら、改ざんは他者へ語るためにすることだからだ。他者と繋がろうとする意志が、改ざんを行うのだ。

なので、自伝を書くのは更生としては有効だと思う。
だが、事実が書いてあると考えるのは危険である。
書いてあるのは少年Aにとっての真実のみだ。

犯罪者の自伝を読む効果


次は、読者の立場から考察してみる。
「社会が、犯罪者の自伝を読むことによって得られる効能」とはなんだろうか?

ヒトラーの『わが闘争』を漫画版で読んだことがある。

ヒトラーは
『ユダヤ人は多大な資本を使い、労働者であるドイツ人を支配している』
『ドイツを元に戻すには、ユダヤ人の殲滅が必要だ』
と主張した。

僕は、ヒトラーの考えはそんなに変ではない、と感じた。
ユダヤ人を『自民党』『マスコミ』とかに置き換えたら、今の日本と変わらない気がする。

なので、この少年Aの本を読むことによって、少年Aの行為が変ではないと感じる人が増えるのではないか。
少年A本の読者10万人に「この事件の原因は『少年A、(少年Aの)親、社会』のどれですか」というアンケートとったらどうなるんだろう。
個人的には「20、40、40」くらいになると思ってる。
犯罪者の出版は「犯罪者が100%悪い」という社会的同意がないと問題だ。

もちろん「不幸に陥っているときは、自分の判断力を過信しないほうがいい」みたいな教訓もつくれる。
だが、そういうのは羅生門でも読めばいい。

少年Aの本が読まれる必要はない。だが、彼が本を書く意味は、彼にとって有益なことだとは思う。